中国人「日本の女子小学生の夏休みの画像、舌を巻くレベルの大人びた化粧」「どこが妖精だ!」 中国の反応

160826-001.jpg

日本の女子小学生の夏休みの画像、舌を巻くレベルの大人びた化粧

今の子供の栄養状態はどんどん良くなっていて、小学生で160cmあるのも普通だ。日本の小学生は多くが早熟で、長期休暇となれば街中で化粧をした小学生が至る所で遊んでいる。美しすぎて見ていられないほどだ!

小学生の消費レベルは大人顔負けで、各種の化粧品、ネックレス、イヤリング、バッグなど、普通の女性よりも多く買ったりする。最近、日本のネット上で夏休みの小学生の画像が晒された。制服を脱ぎ、かばんを置いた日本の女の子は妖精に変わる、目を見張るほどだ!



中国人「知ってた?欧米人がアジア留学するなら、多くの人が日本より中国を選ぶ」「アフリカ人ばかりだが…」 中国の反応

  • カテゴリ:教育
  • コメント:95件
160825-001.png

知ってた?欧米人がアジア留学するなら、多くの人が日本より中国を選ぶ。

中国にいる留学生は、約60万人。
韓国人が一番多く、その次はアメリカ人で、三番目が日本人だ。
それ以降の順位では、フランス、イギリス、ドイツ等、欧州先進国が並んでいる。
韓国と日本は中国と距離が近いから、お互いに留学先に選ぶ傾向がある。
これは、中日韓が仲良く無いのに旅行者が一番多いのと同じ理屈だ。
日本へ留学しに行ったことがある人は分かるだろうけど、日本の語学学校では英語に次いで中国語が多い。
三番目の韓国語と比べたら、1:10の比率となる。
日本に留学する欧米人は滅多にいないそうだ。
日本は人材育成政策の一環として、2020年までに留学生30万人を受け入れる計画だそうだ。



中国人「私はこんな感じで日本と縁があったから日本好きなんだけど、君らはどういう理由で日本を好きなの?」 中国の反応

160824-001.jpg

君たちがどういう理由で日本を好きなのか興味があるんだ。

私が日本が好きなのは子どもの頃からだ。
母が会社にいる日本人と仲良くて、たまに私を日本に連れてってその日本人の家族に会わせてくれていた。
日本に行くといつもとても楽しかった。
そして高校に進学してから、日本人の友達が出来たんだよ。
入学して2日目に日本人の女子から「日本人?」って聞かれた。
私はずいぶん日本人顔らしい。
それまでのことで日本と縁があるような感じがしていた。
それから、ワサビとスシに恋をしてしまったんだよ。



中国人「世界で最も危険な国家、中国人として生まれた我々は幸福だ」 中国の反応

  • カテゴリ:社会
  • コメント:62件
世界で最も危険な国家、中国人として生まれた我々は幸福だ

160820-001.jpg

シリア。シリアは2011年初めから今に至るまで内乱状態が続いている、反対派が示威活動を行ったのが始まりだが、それが武装衝突にまで発展した。2011年以来、シリア国内では16万人を超える人が脂肪、900万人が国境内外で失踪している、ユニセフではシリアを子供にとって最も危険な場所のひとつとしている。



中国人「15歳で母親に連れられ日本に移民、母親は日本人男性と再婚。私の苦労話聞く?」 中国の反応

  • カテゴリ:移住
  • コメント:124件
160819-001.jpg

15歳で母親に連れられ日本に移民、母親は日本人男性と再婚。私の苦労話聞く?

私の母親は日本が好きな人だった。日本のものは何でも良いものだと思っていた。
母親の友人が日本へ行って結婚し子供も産み、幸せな家庭を築いていると聞いて、母は羨ましがっていた。

母が私を妊娠したのは、予想外の事だった。父はケチで男尊女卑で怒りっぽい、ろくでもない人だった。
だから母は未婚のまま私を産んだ。父は子どもが娘だったことが気に入らないようだった。母と父は一緒に会社を経営していて、お金だけはあった。

私が15歳のとき、父が愛人をつくった。それで呆れた母は私を連れて日本へ移民した。
母は長年父の会社の経営に携わっていたので、お金はあったから、私は日本でもそこそこ良い生活ができた。

両親の愛情は冷めていて、両親は私よりも仕事が好きで、私よりも自分たちのことが好きだった。
両親は常に忙しく、私はベビーシッターに育てられた。母が私に「苦労して産んでやったのに・・・」と言うたびに、私は母を冷たい目で見ていた。

日本へ来てからは、母の仕事には波があった。日本は長年不景気で生活が苦しく、母は日本人の男を探し、再婚した。
継父は40歳すぎで、子どものいない人だった。継父の私を見る目は気持ち悪かったが、母親の幸せのために我慢した。

日本で私は学校に通いながらアルバイトをしていた。継父はよく肩を組んできたり体を触ってきたが、母は何も言わなかった。母の商売は失敗したので、この男に養ってもらう必要があるからだ。
母も私の苦しみを知っていたようだが、どうやって助ければいいのか、母にもわからなかったようだ。母のような強い女性は日本では浮いていたが、中国に帰る事は考えなかった。

継父から逃げたい一心で、私は大学の寮に住むことにした。そして夏休みのときにだけ会った。
継父は悪い人ではなかった。ただ私を見る目が気持ち悪かった。母も私に危害が及ぶ前にと、外に出て住むことを許してくれた。

日本での生活はストレスが多くて、疲れる。温かい家庭で育った女の子が羨ましいと思ったこともあった。私は大きくなったら中国に帰ろうと思っていた。
すべての親が子供を愛しているとは限らない。子どもを単なる道具だと思っている親も多いんだよ。



中国人「米軍が兵士に指導した中国人と日本人の見分け方はコレ」 中国の反応

  • カテゴリ:歴史
  • コメント:157件
160818-004.jpg

アメリカ人が思う中国人と日本人の見分け方10!

我々が欧米人を見てどこの国の人か見分けがつかないように、欧米人はアジア人を見て頭を悩ませている。
彼らにとっては、アジア人はみんな一緒に見え、中国人と日本人を見分ける事も難しい。

第二次世界大戦中、米軍は中国大陸上陸作戦を計画していた。まじめなアメリカ人は、『中国人と日本人の見分け方』という冊子を発行し、アメリカ人兵士に中国人と日本鬼子との見分け方を指導した。
その内容を見てみよう。










PR

ブログパーツ アクセスランキング