中国人「日本刀について教えてくれ。中国の刀とか全然話題にならないし…」 中国の反応

  • カテゴリ:歴史
  • コメント:105件
160526-001.jpg

日本刀

日本刀について教えてくれ。
中国の刀とか全然話題にならないし・・・




 



1. 名無しの中国人
日本刀は硬すぎて簡単に折れる。



2. 名無しの中国人
>>1 
刃は硬いが刀身には柔らかい鉄が入っている。
とても耐久力あるよ。



3. 名無しの中国人
日本刀の耐久力決定で最も重要なのは焼き入れだ。
これは古いやり方に頼らざるをえない。
油焼入れの技術で代替できるが、そうなると厳密には日本刀とは呼べなくなる。



4. 名無しの中国人
日本刀は死体を切るテストをする。
極上の日本刀の一太刀は数体の死体を切ることができる。



5. 名無しの中国人
>>4
日本刀はうまく使えば人を真っ二つにできるそうだな。



6. 名無しの中国人
日本刀は鎧の上から斬ることを重視する流派が少ない。
そういう場合は特大の野太刀を使う。
一般に剣客が人を斬る時には急所をちょっと斬るだけ。
人を真っ二つにするようなのは実戦ではまず有り得ない。



7. 名無しの中国人
前にテレビで見たが、銃と刀を戦わせた結果、弾丸が真っ二つになってたよ。



8. 名無しの中国人
>>7
弾丸は比較的脆いだろう。
日本刀は鈍器が苦手だよ。
それに骨を切れば3~5本で刃がダメになるぞ。



9. 名無しの中国人
日本刀は鉄の鎧を切れないが、直接刺したらいける。



10. 名無しの中国人
>>9
鉄の鎧の場合は唐刀の方が有利だな。
唐刀は鉄の鎧を切れる。



11. 名無しの中国人
唐の刀と比べればわかるよ。
昔から日本には資源が少なかったから、鉄の鎧はなくて日本刀は比較的薄かったんだ。
肉を斬るのは得意だった。
中国には鉄が多く唐の刀は厚く、鎧を切るのに適していた。



12. 名無しの中国人
どんな刀であれ叩いたり使い込めば刃がダメになるでしょ。



13. 名無しの中国人
私が見た歴史の資料では、日本軍は一斬りで10の頭を割ったそうだよ。
昔の書物だからどんな刀を使っていたのかはわからないけどね。



14. 名無しの中国人
>>13
第二次大戦時に日本の工場で大量生産されていた種類のものと鍛冶職人が作ったものは全然違うからな。
鍛冶職人が作った刀は西洋刀よりも良いものだったが、皇軍将校が持っていたのは量産された質の悪いものだよ。



15. 名無しの中国人
>>14 
第二次世界大戦時期、日本軍は西洋の指揮刀を使うのをやめた。
そして以前に没収した刀を軍人に支給した。
南京の百人切りの鬼子たちは、人の首で試し切りをしていた。
使っていたのは交換した後の良質な刀だろうね。



16. 名無しの中国人
「日本刀の鋭利さ」か「戦闘力」か、どっちを言っているんだ?
日本刀といっても色んな種類があるんだぞ。



17. 名無しの中国人
>>16 
戦闘における日本刀はどうだったんだ?
どれだけの戦場で使われたんだ?



18. 名無しの中国人
>>17
古くから使用されてたけど、戦果はいまいち。
主に首を落とすのに使われてたそうだ。
中世日本は刀よりも、槍や弓を使っていた。



19. 名無しの中国人
日本刀は軽いんだろ?
スピードでは優勢なのでは?



20. 名無しの中国人
慣性と質量の関係で考えれば、日本の刀は斬るときの威力が大きい気がするな。



21. 名無しの中国人
日本人の鎧を見てみろよ。
特に戦国時代の普通の兵士のもの。
基本的に壊れやすいものだ。
もし日本の兵士が使ったのが騎士の鎧なら、日本刀は主流になりえなかっただろうね。



22. 名無しの中国人
日本では鉄は高く、銅はもっと高かった。
鈍器は木製のものしかなかったんだ。



23. 名無しの中国人
日本のアニメでは日本刀の力が誇張されすぎている。
特にワンピースが甚だしい。
鉄を斬るなんて不可能だ。
それに日本刀は斬るときの力が強すぎれば簡単に折れてしまう。
剣とは違うんだよ。



24. 名無しの中国人
日本刀は一般に決闘と指揮に用いられていたものだよ。
漢剣と同じだ。身分の象徴なんだ。



25. 名無しの中国人
昔の日本軍の将校は、腰に日本刀を差していてすごくクールだった。



26. 名無しの中国人
>>25
指揮刀と日本刀は別物だぞ。
日本軍の日本刀は重く、指揮刀は軽い。
日本軍は以前軍全体で指揮刀を使用していた。
その結果当時の陸軍大刀隊と指揮刀を持った日本軍は大損をしてしまったため、日本刀に改めることにしたんだ。



27. 名無しの中国人
日本刀の刀身は軽く、刃は比較的硬度が高い。
だから脆いんだよ。
硬いもので硬いものは壊せない。
日本刀は剣術でしか勝てない。
速さが命だ。
だが普通の人はそこまでたどり着けない。
それに大刀などは適当に振り回しても人を切れるし、何も考えなくていい。
コストも低く耐久性も高い。
日本刀は人の技術に依存する。
刀を振るスピードなどだ。
刀が軽いから。
大刀はその質量に頼り、刃が止まったとしても傷を負わせられる。



28. 名無しの中国人
明や清などでは徴兵が盛んだったから農民に刀を持たせた兵がメインで、武器の質は低かったんだ。
日本の武士は職業だから武器は自分で買うもので、武器の悪さは死を意味した。
だから武器の質に対する要求が高かったんだよ。





 

もっと海外の反応を見に行く
海外の反応アンテナ

一日一回応援していただけると励みになります!








 


海外と直接交流する掲示板を作ってみました。
まだまだ未完成ですが、よろしくお願いします。





コメント一覧

236142通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
明が日本刀輸入してたの知らんのか
236143通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
戦場の武器としては青竜刀の方が優れているよ。
日本刀は死んだ敵兵の首を刈るときに使う物。
日本の戦争ではまず槍で敵を殴り倒した。
日本刀はあくまでも補助的な物。
そもそも激しい斬り合いには向いていない。
握り手の釘が折れちゃうらしいんだ。
その点では一体成型の青竜刀の方が優れている。
236145通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
いい加減なことばかり言ってんなこいつら…
236146通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
兜割りっつって鉄を切れる日本刀もあったけどね。
ただどの刃物でも使い手次第。
236147通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
米2
当時の支那人が日本刀をどう評価してたか調べるといいよ
特に船上での戦闘について
236148通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
槍槍槍言う人いるけどそれ室町時代くらいから出てきたもんだから
それまでは弓と刀!普通に刀で戦ってるのよ!
236149通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
>昔から日本には資源が少なかったから、鉄の鎧はなくて日本刀は比較的薄かったんだ。
>肉を斬るのは得意だった。

惜しいね。
日本も昔はラメラーアーマーみたいに、金属の小片を編み込んだ半金属の鎧を身に着けて戦っていたんだよ。
だから脇差しっていう、格闘戦になった時に鎧の急所を突いて相手を倒せる武具が出てきたりした。
現在のイメージは鎧を着て戦う事が少なくなった、江戸時代以降に作られたものだろうな。
言ってみれば、西洋の鎧と言えば頑強なイメージだけど、そういう時代以外にも、先の鋭いレイピアや攻撃と防御に使えるマンゴーシュやソードブレイカーなどをもって、普段着の姿で決闘する時代もあっただろ。
日本刀のイメージは、そういう鎧を着ずに過ごしていた江戸の頃の逸話や談話、舞台などを継承したような現代時代劇からのイメージが強い。

大河ドラマとかは鎧を着こんでいた戦国時代モノなどが多いので、同一視は出来ないけれど。
236150通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
平原で騎馬で戦うなら日本刀は適してないからな。
あれは日本の山がちで起伏がある地形に適した武器だよ。

障害物のない平原ならモンゴル兵のように弓を強化するべきだし
密林みたいになってるならもっと短い刃物のほうが使いやすい。
236151- ▼このコメントへ返信
なんで南京の百人斬りなんて嘘っぱちは信じてるんですかねw
洗脳教育に関連した事になると急激にIQが下がるようだなw
236152通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
あと大戦中の軍刀を日本刀だと思ってる
バカチャイナは何とかならんのかのう。
236153通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
刀に関しては物知り顔で自分の『想像』を語り出す奴ばかりだからな
一体どれが本当なのやら
236154通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
そりゃ、売国朝日新聞が堂々と記事にしてただろ。
それにたいして日本政府も訂正要求出さなかった結果がコレだよ。

メディアの言論を野放しにしちゃいけないという実例だね。
236155通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
中国の刀なんて演舞用のおもちゃだろ
236156通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
よく知りもしない憶測だけの日本刀サゲ論議よりも、

”全然話題”にもならない自国の刀でマスかきあってるほうがよろしいのでは?
236157通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
100人斬り競争の日本刀?wあんなプロパガンダファンタジーを信じれるぐらいピュアピュアだから共産党のプロパガンダ信じれるのか。

トーチカに突っ込んでいって、抵抗し守ってる中国兵士を兜事真っ二つにしてやっと刃こぼれしてその後も兵士をバッサバッサ斬っていった日本刀。(最終的に300人以上だろ記事だと)


中国の手刀抗日ドラマにも匹敵するぐらいのファンタジー記事だぞ。んな日本刀あったら国宝に指定されるわ
236158通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
>それまでは弓と刀!普通に刀で戦ってるのよ!

いや、戦場武器には矛(ほこ)があったよ。
236159通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
海外じゃ
切る=バットのように叩き付ける
だからなー
のこぎりも日本は引いて切るけど海外は押して切るし
236160通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※11
『日本刀は弱かった』が支那の『想像』
日本刀に『身多兩斷』されてたのが支那の『記録』
236161通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
指揮刀とか、妙にマニアックな知識だけあるのが謎。
236162通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
日本刀って一般的な物は(太刀にしろ打刀にしろ)両手武器でくっそ重いぞ
少なくとも常人が片手で振り回せるもんじゃない
日本刀の武器としての隠れた、そして優れた点は全長に対しての重量バランス
236163通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
元が、日本の刀は鋭く兜ごと斬れる、って書き残してるじゃん
236164通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
2.が青龍刀って言ってる時点で知ったかぶりなのが良く分かる
236165朝鮮側の記録より ▼このコメントへ返信
柳成竜『懲毖録』(朴鐘鳴・訳 平凡社)

このとき(李如松)提督が率いていたのは、みな北方の騎兵で、火器を持たず、
ただ切れ味の鈍い短剣を持っているだけであった。

(一方)賊は、歩兵であって、
その刀剣は、みな三、四尺の、切れ味無比のものであったから、これと
衝突激闘しても、(長刀)を左右に振り回して切りつけられ、人も馬もみな倒れ、
敢えてその鋒先に立ち向かう者もいなかった。
236166通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
むしろ青竜刀の方が戦場に持っていく事自体がギャグにしか思えん
あんな見た目重視の武器こそ斬首専用だわ
236167通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
情報統制なんか関係無いくらい無知だな
236168通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
たとえ戦国時代の戦場でも槍の耐久性に較べれば、打刀の耐久性は何倍も高い。
逃げる際には、槍は目立つ。
結局、刀は自らの命を守る最強の武器だった。
まして、行軍の長い大陸でなら、携行性も重要だし、鎧も着ていない敵には充分な威力があっただろう。
弾丸は貴重だし。
236170通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
百人切りの鬼子たち(笑)
236171通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
「筅槍」や「狼筅」で検索。
明の時代、日本刀に槍の穂先を切り落とされ苦肉の策で対抗した槍は枝や葉が付けっ放しだった。

槍の金属部分が長く槍術が発達してるのは日本固有の特徴。
全て日本刀の切れ味、ひいては砥石の質に由来する。
236172通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
古くは剣をツルギと言った。ほとんどは両刃の剣。他の日本語の多くと同じように、ツルギも物を真っ二つに切るときの擬音語で、よく切れる剣を「ツルギのタチ」と言った。「トゥルギっとタチ切る剣」という意味。昔の人のリアリズムだ。
時代が進むと、小型の剣を懷などに入れるようになり、刃も片刃になった。片刃の剣をカタハ、訛ってカタア、カタナとなった。中世、武士の時代になると完全に美術品化し、切れ味だけでなく装飾も手の込んだものが好まれ、完全にガラパゴス化、芸術化、崇敬の対象となった。日本では普通のことである。

スサノヲノミコトが八岐大蛇を切り刻んだとき、尾からオホダチが出てきた。いわゆる草薙剣。スサノヲは「こんな変な剣を持っているとヤバイかも」と思い、高天原のアマテラスオホミカミに献上。これを大切にした天照大御神は地上の騒がしい神を鎮めるために皇孫のニニギノミコトを下されるとき、この剣を賜われた。どんな困難も断ち切れという激励である。
ニニギノミコトもこの剣を大事にされ、代々の日嗣の皇子、天皇もこれを継ぎ続け、天照大御神を映す大鏡とともに祭られていたが、、ミマキイリビコイニヱ(崇神天皇)の御代に皇女トヨスキイリヒメが一振りのレプリカを造らせ、オリジナルの剣を鏡とともに宮の外に移された。そしてイクメイリビコイサチ(垂仁帝)の時代に皇女のヤマト姫に渡され、伊勢皇太宮の内宮に遷された。そして、オホタラシヒコオシロワケ(景行帝)の御代、剣はヤマトヒメから皇子ヤマトタケルの御手に。ヤマトタケルは見事に東のエミシを平定されたが、伊吹山にイノシシ退治に出掛けられるとき、剣が神々しく光を放ったため、恐ろしくて手に持つことが出来ず、やむを得ず后のミヤズヒメの下に残したまま出掛けられた。
そして伊吹山の神によって病を得たヤマトタケルは大和国への帰路、「ツルギのタチ!ああ、そのタチよ」と叫びながらお崩れになった。殘されたミヤズヒメがその剣を祀るために建てたのが熱田神宮である。ヤマトタケルのミタマはそのツルギに宿り、いまなお日本国を見守られている。
236173通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
北宋の欧陽脩の「日本刀歌」でも勉強しろw
退魔の剣だって書いてあるだろ?おしゃれ装備&実用性&神聖性
実用性だと明史にも「倭の刀、野蛮すぎて馬ごと切られたアル;;」って泣き言書いてあるだろ?
質落ちたと云われる戦国期の刀でもそうだったんだし^^;
そもそも、日本刀が中国に現存しない方が問題だろ?(角煮の彫刻なんてアホみたいのじゃなくw)
236175- ▼このコメントへ返信
学が無いにも程がある・・・
文化を学べない国は、未開で無知なまま、広い大陸の中で井の中の蛙となって、カエル人生を歩むしかないんだな
236176通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
量産品の軍刀の性能(とりわけ耐久性と手入れのしやすさ)はそこらの日本刀よりもよほどよかったのに何言ってんだか。
236177通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
100人殺される間、何してたんですかね。
数ばっかり多いだけで弱いなぁ
236179通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
性能と使い勝手の良さから、明の時代に輸入していただろう。
今も苗刀として残っているぞ。
苗刀の操法も陰流を取り込んで発展させたやつが中国武術に残っている。
236181通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
コメ欄にどこからとも無く歴史家や刀剣専門家が大勢湧いてくるから不思議
236182通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
>中国の刀

あんなの研いだ鉄板だよ。www
236183通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
中華刀のデザイン、好きだわ。
日本刀の「虎徹」とか「備前長船」みたいな銘が入った中華刀ってあるの?
236184通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
何言ってんだ?このバカザイニチ。

※2
236185通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※16その通り、古代から世界で、一番人を殺した合理的形状武器が槍。
236186通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
昔読んだ本によると支那には剣と刀があると
剣は斬る専門で突けません、刀は突く専門で切れません、脆いのですぐに折れたり欠けます。
一方、日本刀は斬って良し突いて良し、さらにその破壊力たるや支那の刀剣とは比べ物になりません
日本刀こそ最強の近接武器であります。
236187通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
日本刀が軽いと言っている中国人は浅草のお土産模造刀しか持ったことないと見たwww
中国刀って青竜刀みたいなのは物凄く薄い刃でベヨンベヨンしてる(鋸みたいなしなりかた)のをよく見かけるけど、昔のはどうだったんだろう?そこまで薄かった?
基本的に鉄の板を研いだ感じだよね、中国の刀って。中華武器は刀より剣の方が好きだわー
236188通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
本物の日本刀は結構重いぞ
それを振るんだから
昔の剣士はムキムキだったんだろうな
236189通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
>皇軍将校が持っていたのは量産された質の悪いものだよ。

軍刀のこと?
中国人って、日本刀を知らないで、第二次世界大戦と混同してるよね。
ちなみに、軍刀は人を切る為に持つ刀じゃないから。
ほんと、中国の反日教育はアホじゃね?って感じ。
ついでに、100年前の廃刀令で、当時の日本人も日本刀は持ってません。
そもそも、戦国時代から主に鉄砲を使っており、近代での闘い方も鉄砲です。
刀で侍の様に戦うって、中国だけが教えている捏造歴史だぞ。
大砲とか、鉄砲、戦闘機、戦車で戦うのが近代。
なのに、中国人って、いつの日本人と戦争をやってたんだろ??
236190通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
想像というか憶測で書かれていることが多いね
日本刀は軽くはないし、そう簡単に折れないし、数人切った程度では切れ味が落ちることは無い
振り抜く動きに引き切る動きを加える技量を用いることで切れ味が増す
金属鎧でも突き刺すことで貫くことが出来る、そのときは大きくたわみ折れることを防ぐ
技量の無い人が扱うと巻き藁を切るだけで刀身の反りが狂うことがある
日本の戦場では槍と同等に長巻きがよく用いられた
ざっくり書いてこれくらいかな
236192- ▼このコメントへ返信
このコメントは管理人のみ閲覧できます
236193通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
正直 西洋の騎士団相手に対抗出来てるイメージがわかんな

鎧の隙間を正確に狙うなんて漫画みたいなこと乱戦の中で優雅に決めてるイメージもわかん
236194通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
こいつらも日本人と同じような議論してるなw
236195通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
そういや中国刀ってあんま話題にならんな
1つの鞘に収まってて一振りの刀としても使える双刀とか、枝分かれしててソードブレーカーみたいに使える麟角刀とか、調べてみると厨二心くすぐる変わった形状の刀が様々あるのになんでだろ
演舞用でしかないという認識なのかな、中国人自身の認識が中国武術はもはや演舞でしかないって感じみたいだし
236196通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
中国人詳しいな!
236197jmd ▼このコメントへ返信
ここまで無駄なバカ議論は久しぶりに見たわw
236199通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※2
戦場での主力はまず「弓」な
次いで「ポールアーム系(槍とかハルバート等)」
刀剣類は室内戦闘用か野戦では予備護身用

コレ世界共通だから覚えておくように
236200通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※10
集めてた人がいたけど、ほとんどサーベルだったようなw
236201通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※6
古墳時代には鉾があるな。
刀剣類より鉾が主力

ちなみに弥生時代までさかのぼっても戈があるから刀剣類は主力ではない
236202通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
いい加減な知識でよく語れたものだ。律令時代の一時期、大陸式の真似をして綿墺甲や革甲を導入したが、すぐに廃れてその後の武士の時代では鉄製甲冑が用いられた事を考えれば、長弓が強力になり過ぎて大陸式鎧なんかじゃ防げないから日本独自の形式に発展したとわかる。
大鎧の兜の厚さにしても軽く3㎜は超えるし(これ拳銃くらい防げるレベル)、近世の屏風絵でも動いている敵ごと兜を斬っている
大鎧が余りに堅固で重すぎるから小札の幅を狭くしたりして軽量化を図り、戦国期の当世具足では律令期の鎧並に軽くなった
236203通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※53
弥生期の戈は、大陸の様な長柄でなくて短柄の武器で、盾と併用されていたから大鎌みたいな扱いだったわけで
戦い方も近接用という認識(十分刀剣で相手はできたと思う
236204通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
13世紀末の元寇の影響から、より丈夫な刀が求められる様になった為、13世紀末~14世紀の太刀というのはかなり太くて丈夫なものが多い。当時の刀剣を評価した書でも、「蒙古人(捕虜)100人の首を斬ったが刃こぼれしなかった(いちいち水で血を流したのだろうけど)」という記録もあるくらい丈夫
236205通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
実際初期倭寇が中国と戦ってるだろ
重装備の中国兵に対して
ほぼ丸裸の倭寇が刀で戦っていて
驚いた中国人が研究して辛酉刀法とか残してる
236206通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※6
鉾、薙刀、長巻き、などを忘れないであげてください。
236207通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
こんな板にも百人切りの与太話が出る、誠に困ったものですねーーーー、毎日新聞社殿!!
自分等が捏造した与太話なんだから自分等が嘘の証明をするべき!
日本の将軍やこいつ等は同罪、敗戦後何を理由に戦犯容疑で射殺や絞首刑に合うか分からないから兎に角ダンマリを決め込んだ。
236208- ▼このコメントへ返信
ほとんど間違った知識じゃねーか
ほんと息を吸うように嘘吐くやつらだな
236209通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
おいおい、みんな全然違うじゃねーか。
実際は神輿作ってそれに大将を載せて、両者ぶつけあったり大将同士殴りあったりして、勝ち負
けを決めていた(爆)
236210通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※20
日本刀ってのは、大体1キロから1.5キロくらいだって聞くけれどな。
それでも野球のバットや竹刀なんかと比べれば重いし、重心位置も異なるから違いは大きいだろうけれど。

西洋剣に比べてやや細身であることや、形状からの重心点の違いなどから、比較して軽いという話は聞くけれど、各種ある西洋剣よりも重いという話は聞かないな。
236212通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
戦争のような集団戦闘なら日本刀なんかより槍や弓や鉄砲だろ
よっぽど剣術修行でもしてる暇人でもなきゃ農民に竹槍もたせたほうが強い
そんなことは歴史が証明してる
日本刀が注目されたのはあくまで個人戦においてのみ
236213通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
日本刀は戦争では使わんな
泰平の世では帯刀している事が大事
いざとなったら戦えるぞという意味
236214通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
あいつらサーベル見て日本刀とか言ってるのか
そりゃ軽くて脆いとか言うわ
236215通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
簡単に折れる脆く弱い日本刀で100人切りが可能とか
何故、矛盾していると思わないのか?
 日本鬼子の魔法とは、それ程すごいのか?
 話が正反対でも日本を下げればok,なのねー。www

236217通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
日本刀と支那の青龍刀の違いはメイドインジャパンとメイドイン中華の違い。買い物をする時は小さく隠すように書かれたラベルも読み落とさず、支那、朝鮮で製造されたものは極力避けること。
236218通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
日本刀凄い日本刀凄いって世界で一番言いまくってたのはお前ら中国人だぞ
236220- ▼このコメントへ返信
日本刀は首切り用とかいう鈴木眞哉の垂れ流した妄想は
一周遅れで世界に伝わってるんだよな
つか中国人ならお前らの所の史料でも日本刀の脅威は散々語られてるのに知っとけよ
236221- ▼このコメントへ返信
>平原で騎馬で戦うなら日本刀は適してないからな。
>あれは日本の山がちで起伏がある地形に適した武器だよ。

鎌倉時代の日本刀は馬上で使うための武器だよ
刀身も薙ぎ払うためにかなり湾曲しているし柄も同様に馬上で使いやすくしてある
236222通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
てか中国は日本に対してどんだけ捏造してるんだろ。10人の首を一振りで切るなんて初めて知った。
236223通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※70
形状的にまだ太刀だったのは、馬上でも腰の物を抜けるようにするためだしな。
打ち刀形状では、下手をすれば馬の首を切ってしまう。
236224通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※63
かの宮本武蔵も、合戦において農兵の投げた投石で負傷してるしな。

ただ乱戦においては個人兵装たる刀は役に立つよ。槍や弓では乱戦に対応できない。
長巻や手槍くらいの物ならどうにかならなくもないけど。
236239通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
武蔵は投石で落っこちたが、養子の伊織は登り切って壁上を制圧したとか。
武将にとって必要なのは、腕でも剣でも槍でもなくて、「運」なのだw
236242通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※73
印地打ちは戦国時代なら幼少期から誰もがやっていたからすそ野が広い
武田最強は騎馬軍団ではなく投石部隊だったしな
達人クラスともなれば宮本武蔵であろうがゴリアテだろうがなす術もなくやられる
236243- ▼このコメントへ返信
日本刀の凄さは客観的資料で十分裏打ちされる事実
日本刀は中世、近世と日本の主要な輸出品だったからね それこそ何万振りと明は輸入している
実際に日本刀を相手にしたことのある者達の理性的な判断だろう
そして西洋人も当時の自分たちの剣と比較して日本刀の凄まじさを書き送ったり自著に認めている
切れ味鋭く、突きも斬りもでき、それでいて折れないという刀剣に求める様々な性能を奇跡のように纏め上げたのが日本刀
誇張されたような今日の評判も決して最近になってでっち上げられたような物ではなく、実際の兵器としての性能が正に試された時代の国内外に知られることになった客観的事実をもとに現代に至るまで伝えられているものだ
236247通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※28
砥石は関係ない。「雑兵物語知」らんの?
結構適当な砥石を持ちながら 戦場を駆け巡ったんだよ。

槍術はむしろ中国が発達していた。後の六合大槍なんか有名よ。

日本の鑓は 室町から江戸に掛けての新しい武器。
何々の一本やりってのは 少数派で 3間(5.4m)の長鑓部隊
に代表される 馬防柵としてや 陣攻めの部隊として利用された
安い長鑓が戦闘の主役です。
管鑓なんて変わり種あるけど、鉄砲と同時期の産物で
実用上は 限りなく疑問符が続く。
「戦国の陣形 (講談社現代新書)」を見てみて。
236249通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※69
鈴木眞哉なんて関係ないよ。
大体 「日本刀」って一くくりに扱う事がそもそも間違い。

日本刀が戦場で 攻めの武器として使われたのは、南北朝が最後
だと思うよ。
この時代に大太刀や長巻が登場した事がその証明。
平安の太刀は馬上からの切おろし様に 3尺超。
鎌倉の太刀は弓の陰に隠れて 豪壮だけど短め。
多分首狩り用。
南北朝で長くなって、安土桃山で短くなる。
(腰刀→打刀へ)これも鉄砲の陰で 首狩り用。

太平の江戸になって 作刀激減で むちゃくちゃな事に。
236251通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
文禄・慶長の役のときの明側の記録で、
日本刀の威力に対抗できる鎧を作ったら、重過ぎて一歩も動けなかったって話があったなw
236259通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
鉄で鉄をを切れるわけ無いってwww
切れちゃうから日本では西洋みたいに鎧が発達しなかったんですがね
ぶっちゃけ一般的な鎧とかの厚さの鉄板だと普通にバッサリだから
ぶ厚ければ切れないけどそしたら重すぎて機動性無くて役に立たない
だから日本の鎧はあんなんで進化止まったんだよ
日本では西洋みたいな重装騎士みたいなのは生まれなかったんだよな
ぶっちゃけ役に立たんから
アメリカ人の学者先生が実験で素人丸出しのフルスイングで鎧着用した人形ぶっ叩く実験して
西洋剣=当たったところが凹む
日本刀=あたったところが凹む+刃先が3分の1位ブッ刺さる
という結果になったんだよ
素人でも通常レベルの鎧はちゃんと力こもった一撃ぶち込めればバッサリだから
236260- ▼このコメントへ返信
南京猿は日本刀で虐殺されたに違いないwww
236262通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
日本刀は切るのに特化した武器だから
打撃では青龍刀の方が優れてるよ
装飾ではなく その形自体の美しさから
工芸品としても高い評価を得ている
戦場むきの武器では無い事も確かだよ
236269通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
中国の刀って伝説にはならないね
なぜなら現役の対人武器としてまだ使ってるでしょ
日本刀は技を競う意外に使われなくなったから伝説なんだよ
236273通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※40
逆だよ。
剣が突く。刀が斬る。
刀というのは 単刀(いわゆる柳葉刀や鬼頭刀)の事。
全く突けない形。

剣は斬れなくはないが、切断する為には相当な稽古が
必要。

百日刀、千日槍、万日剣と言う。
236275通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※76
「日本刀はスゴイ」から始めちゃうと贔屓の引き倒しだよ。

実際、寒冷地ではパキパキ割れて使えなくて、満州で
スプリング鋼刀を作ったんだから。

それに余り言いたくはないけど、棟(一般に峯)側は柔らかくて
折れやすい。特に新刀も新新刀の特徴。

日本刀は、平安後期に登場した時、既に完成していて、最高だった。
鎌倉で発展した事になっているが、鉄としては下り坂。

折れず曲がらずと言えるのは、平安後期から鎌倉前期の太刀と
満鉄刀に代表される昭和の軍刀(打刀)なんだよね。

冷静に 優点と弱点把握しないとね。
236278通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※41
世界的に見て 日本刀の定寸2尺3寸5分は
1.4Kg~1.8Kg程度で しかも重心を鍔元へ
寄せた太刀などは 軽い部類だよ。

青龍刀って ホント間違いが多いけど
青龍刀ってのは 矛のことよ。
長柄の先にでっかい刃がついてるヤツ。

あなたが言いたいのは 単刀っていう物だと思うよ。
ペラペラって書いてるからね。
あれは演武用に薄く作っているだけ。
本物の単刀には形状から種類があって 柳葉刀や鬼頭刀っ
ていわれる物だよ。
236280通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※2
青龍刀って言ってる時点で無知丸出し。
青龍刀っていうのは 矛の事。

誰が間違え始めたのか 吉川英治先生あたりかしら。

三国志の青龍大刀は長柄の先に山形のでっかい金属を付けて
青龍の絵柄があるヤツの事よ。

ここの流れで出すのなら、単刀だよ。
これも形状で 柳葉刀 鬼頭刀など種類あるんだけど。
あんまり無知だと あの国に馬鹿にされるよ。
236281通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※9
ほんと 山本七平の「私の中の日本軍」にその辺の
プロパガンダについて書いてあるよね。
嘘だって。

中国では 当時逆のプロパガンダがあったはずなのに、
文句を言えれば 逆のことでも恥ずかしくないんだね。
236308名無し ▼このコメントへ返信
中国人って何で自分の妄想を事実のように語るんだろう
こう言うところは朝鮮とそっくりだな
日本だったらソースもない自論は一発でねじ伏せられるんだが
236310- ▼このコメントへ返信
しかしいまだに日本刀は戦場で使ってない、使えないとかほざくのが居るんだねぇ
嫌ほど史料に残ってるのに

あと中国人なら明兵がどれだけ日本刀の事を恐れたか知っておきなよ
236311通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※46
合戦の主役は弓やヤリで後期は銃
時代が進むほど剣や刀の出番は少なくなり
闘技場のような場所で1対1なら重装歩兵は強いだろうが
フルアーマーといっても日本の長弓なら貫通できるし
機動力と持久力を犠牲にする時代遅れの重装鎧は消えていった
236327通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
実際に日本刀は鉄切れますよ

中国人を100人以上切っても大丈夫だった伝説の稲葉の物置刀は更に凄かっただろうね
236399通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
日本刀の製造工程を動画かなんかで見てみろ!中国人には作れないよ上辺だけの拝金主義者には。
236459通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※78
その首狩り用って説、鈴木眞哉以前の説や記録にあった?
宣教師が来る様になった時代でも、ガスパル・ヴィレラの記録には、両軍の間合い接近に応じて弓→槍→刀と、武器が変化している様子が書かれているし、五輪書にだって間合いが詰まった状況での槍の利点の少なさと太刀の遠近両用の利点が指摘されている訳で(この太刀ってのが文字通りの太刀なのか、刀類の総称的な意味なのかは判然としないけど、書かれた時代から考えれば多分後者だろう)。
236486通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
刀が重たいと言ってる人がいるけど本物振った事あるのかな?
鋼だから「それなりの」重量は有るが片手で扱えん事はないよ。
重過ぎるって、どんだけ非力なんだか・・・
236545通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
その駄目な、

日帝時代の日本刀で、30万人 南京で中獄人、切り殺した

日本人っていったいwwww

中獄人って、紙か何かか?wwwww
236673通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※94
しばらくぶりで覗いてみたら 詳しい方のレスがあったので
書いてみます。

先ずなんで「鈴木眞哉氏」にそんなにこだわるのかなぁ。

私は、時代毎の 防具と武器と戦術を組み合わせて見た
時、二尺以下のいわゆる脇差サイズまでの日本刀は、
単独攻撃用ではなく、自他含めて首狩りor腹切りか組討ち
(小具足術)用だと思います。
(正常な合戦状態で 組討ちになる状態は互角の勢力拮抗
状態ではなく、均衡が破れて勝敗が見えた状態だと思いま
す。勝方が首級を取る以外で わざわざ無用の危険を冒す
必要が無いんですから。武将以外の小物の中へ 脇差や短い
鎌倉太刀で入っていく何てなんの意味も無い)

>五輪書にだって間合いが詰まった状況での槍の利点の少なさ
>と太刀の遠近両用の利点が指摘されている訳で
これは正確でないですね。

武蔵は太刀が遠近両用の利とは言ってないですよね。
あくまで距離が詰まった時の事だけですよね。
五輪書の風の巻「他流に短き太刀を用いる事」で 鑓と刀の
関係についても 短い太刀や太刀に対して、振るう力がある
ならわざわざ短い得物を使う必要は無いと現実的な考えをしめ
していますよ。

ついでに
>(この太刀ってのが文字通りの太刀なのか、刀類の総称的な
>意味なのかは判然としないけど、書かれた時代から考えれば
>多分後者だろう)。
って
五輪書の水の巻 「太刀の道という事」中に書いてありますよ。
大小の内 大刀を太刀と言い、小刀を小刀と表記しています。
別の個所で太刀が刀全般のニュアンスにとれる個所もあったと
思いますが、区別している表記があるので 正確にはこちら
だと思います。

本題にもどって
「鈴木氏は資料の使い方に問題ある」って皆言うのに。
あの人を批判しても日本刀の使われ方を限定出来ない
と思うけど。
鈴木氏の例を排除するべき対象として触れて、「刀は戦場で使わ
れた」といい、根拠として「関ヶ原合戦図屏風」を持ちだして、
「刀を持った部隊が描かれているから実戦で日本刀が使われた
証拠だ」って言う人がいるわけですよ。

まず、素朴な疑問なんだけど、史料研究をしているか方々
で 実際にそれぞれの武器や防具を 持ったり身に着けたり
していない人ってけっこういるんじゃないでしょうか?
私は古武道やってて、刀持つし、鑓も穂先無いけど1間半の
鑓を持ちますが、それだけで江戸時代の講談や歌舞伎や読み本
で言われた嘘が 現代まで「本当の事」として間違って伝わっ
たんだろうなって思う事が沢山ありますが、、
文面から推測するに 貴方もそうかも知れないけど、古武道を
やる者の中では(特に関ヶ原前に成立した流派に関係すれば)ある
程度体感しているのでは?と

ガスパル・ヴィレラにしても同僚で 脚色が多いとされるルイス・
フロイスにしても宣教師は現場を見ていないので伝聞ですよね。
そしてフロイスの日本史や信長公記の方では、戦いは殆ど 鉄砲と
弓→放火と長柄討ち物(長鑓と薙刀や長巻)で勝負がついてますね。

「鈴木眞哉氏」の軍忠状の分析で 彼が見落とした部分が逆に
大切なのだと思うんだけど、、
負傷の割合で 印字打ちや鑓に比して、刀傷が少なくて、薙刀の
記録は皆無と言うんだけど、これこそ武器を自分で持ったことが無い
証だと思います。
軍忠状で刀傷と薙刀傷とどっちが 上から評価されるのかという
点もあるでしょうけど、それより何より、刀とナギナタの傷を
見分けられるわけ無いんですよ。
薙刀は太刀の時代は「長刀」と表記していてその事に意味の矛盾が
なかったんだから。
文字どおり、長柄のついた 長い刀だったんだから。

確かに、戦場の分析は先行研究が少なくて、吾妻鏡などの史料分析
が主だと思います。
でも 最近出版された「戦国の陣形」は賛否あると思うけど、とても
意欲的な分析をしていて、「兵種別の陣形」という分析は 私の見た
江戸時代の富山藩の史料でも うなずけます。

そして、戦術と防具と武器の変遷とをちゃんと整合性を
考えて、試した人がどれだけいるのかなって思いますよ。
武道史の大家の先生方(渡辺一郎、今村 嘉雄、島田貞一)は
素晴らしい研究成果を残してくれてますけど 軍時史の研究はどうな
んでしょう? 高柳先生の研究は 今となっては物足りないし、、
長くなり過ぎたけど、専門的な問いかけなので、、
236815通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
文禄・慶長の役、いわゆる朝鮮出兵で
李氏朝鮮側の記録によれば、倭軍(日本軍)が
抜刀して大喊声をあげて突進してくると記している記録が散見される。

朝鮮に投降した日本兵から聞き取りした日本の戦法について記したものでも
鉄砲を放った後は槍刀兵が突進するとある。

文禄2年11月の安康の戦いでも1000規模の明軍が
抜刀した数十人の日本兵に切り込まれて300人以上の死者をだしたとある。

李氏朝鮮においても対日本兵のために投降した日本兵を剣術の指南に
任命しその指導を受けるように指示している。

面白いものでは平壌城攻防においても明兵たちが抜刀した日本兵たちに
追いかけまわされていたのを朝鮮の役人が目撃していたとの記録もある。



236911通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
朝鮮の例 確かに面白いんだけど、同じような例は
日本人ではない後期倭寇でも言えますね。

刀が結構主に出てきます。
でもそれは、日本の南北朝期までと同じで、相手の防具が
日本の南北朝期以前と同様に 討ち物で有効だったから
ではありませんか。

戦術と武器と防具を比較しないと武器だけ見ても
全体の整合性のある答えとは言えないと思います。

>日本刀が戦場で 攻めの武器として使われたのは、南北朝が最後
>だと思うよ。

それまでの大鎧や 胴丸又は腹巻+草摺りの防具は 弓と斬撃対策
だけど比重としては矢の防御と 弓を射る目的の物で 脇が空き
足の防御が空き、手甲も弱い。

それに対して、戦国期は当世具足の出現で 日本版フルプレート
アーマーってところで、刃物はかなり防御できたから 対策として
長鑓が使われ出したと言えると思います。

>鉄砲を放った後は槍刀兵が突進するとある。

その通りだろうと思います。
鉄砲→鑓→刀で矛盾を感じません。相手の防具次第。

ただし、戦績報告の為に 必ず首級を挙げるのが鎌倉以来の
武士の目的ですから、たとえ刀の占める位置がどうであっても。


また、刀術の伝播や受容については、中国・日本・朝鮮で
今以上に関係していると思われる例があり そこに注目した
先行研究も示唆に富んだものがあります。
茅元儀の武備誌の中の朝鮮勢法の記述や 日本の陰流の記述
などとの比較などです。

林伯原 「明代中国における日本刀の受容とその変容」
朴貴順 「16世紀以降における中日韓武芸交流に関する研究
     紀効新書、兵法秘伝書、武術早学、武芸図譜通史
     を中心に」




236932通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
明兵は甲冑の装備がそれなりに良いので、
秀吉軍の白兵攻撃を受けて追いやられることが度々あったので
刀も有効だったと思われる。


237534通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
文禄慶長の役の後に、その強力な威力を目の当たりにした明国や李氏朝鮮は
日本刀や鉄砲を度々購入している。
また清軍(後金)が勃興し始めると、その鉄騎兵に対抗するために
明や李氏朝鮮も日本刀や鉄砲を求めた。

237851通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
中国人は漢~清までの民族とは一切関係がない
239811通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
日本は、優良な鉄鉱山が無かったので、川の砂鉄で、刀を作っていた。それなので、あまり大量に作れなかった。でも、川の砂鉄は、鉄鉱石よりも、純度が、高かったので、良い刀が作れた。数も、作れないので、結果的に、手間をかけて、価値を上げた。純度も高かったので、加工もしやすかった。ただ、軍事的には、蛮刀を、たっぷり作った方が、役に立つ。その方が、正しい。日本刀は、一種の宝飾品で、偉い人が持つものなんだよね。一般兵は、槍持ち。今でも、刀が、ありがたがられるのは、みんな偉くなりたいんだね。
239820通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※103
>蛮刀を、たっぷり作った方が、役に立つ。

宋、明・朝鮮が日本刀を輸入して将兵に装備させたㇼ、模倣した刀を製作したり、
抜刀した秀吉軍に白兵戦を仕掛けられ、明朝鮮軍が敗退を続けたのはなぜか?

>一般兵は、槍持ち

長柄、弓、鉄砲の足軽も刀を装備しているのだけど。

247974通りすがりの日本人 ▼このコメントへ返信
※99
フロイスの日本史によれば平壌にて小西行長軍をだまし討ちにした
明軍との間で攻城戦になった。
そこで明軍騎兵の鎧は固く日本刀では通用しなかったとある。
ただ同時に小西軍は朝鮮上陸以来、たびたびの戦闘により
刀槍が鈍っていたとあるのに注意したい。

そして攻城戦の最後では小西軍と明軍は鉄砲も使えないほどの
接戦になるが小西軍の奮戦により明軍を城外に追い出したとある。
これは朝鮮側の記録とも一致する。

平壌城攻防の後で、明軍はソウル付近の碧蹄館の戦いで大敗を喫するが、
日本軍の刀により明軍の騎兵が次々に斬られていったと朝鮮側の記録に残っている。
この明軍騎兵は平壌戦に参加した部隊。

結局、碧蹄館以降、明軍は日本軍を恐れて攻勢にはでず、
外交交渉の末に半島南部で定められた国境線付近における
日本軍と朝鮮軍の小合戦でも明軍は出撃せず、晋州攻城戦でも、
明軍は出撃しなかった(または日本軍に撃退されたとも)

日本刀が有効であり、明軍の鎧が絶対であったとは言えないことがわかるだろう。

お名前:
TOR荒らし対策で少しコメント制限中です。ご不便をおかけして申し訳ありません。




PR

ブログパーツ アクセスランキング