中国人「キタコレ!日本が新制度を創設、外国人は最短1年で永住権を取得可能に」 中国の反応

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日本が新制度を創設 外国人は最短1年で永住権を取得可能に

中国僑網11月15日 日経中文網の報道によれば、日本政府は新制度を設立するようだ、外国人の経営者と技術者は日本に滞在すれば最短1年で永住権を手に入れられるというものだ。これまでは、高度な専門知識を持つ人材が永住権を取得するには最低5年の滞在が必要だった、今後はこの期間を3年に短縮し、一定の条件を満たす場合には1年の滞在で申請すれば永住権が得られるようになりそうだ。これが実現すれば世界最速の永住資格申請制度となり、外国人の研究開発などの分野での高度な技能を集めることに役立ちそうだ。

日本政府は2016年6月に発表した成長戦略の中に、「世界最速の日本版グリーンカード制度」と明確に書き入れている。法務省は具体的な政策を研究し続け、年末までには与党執政党と協調を進め、政令と政策修正の指南を行うようだ。

「高度の専門職」で居留資格を持つ人材が緩和の対象となる。「高級人材ポイント制」に照らし、博士の学位、実際に職に就いている年数、年収などで70ポイントを超えていれば居留資格を取得できる。これは2015年4月に新しく創設された居留資格で、2015年末には合計1508人が取得し、その中でも中国人が最も多く64%を占めている。

この資格を持つ外国人は現在5年滞在しなければ永住権を得られない。新制度はまず滞在期間を3年に短縮する。高級な人材、ハイレベルな経営能力を有する外国人に対しては、1年の滞在で取得が可能となる。具体的な基準は今後確定されるが、「80ポイント以上」という案も出ている。

もし永住権の取得が出来れば、その人材の日本社会での信用も高まるだろう。職業の自由選択以外に、賃貸の申請もできる、日本でのせいかつがより便利になるだろう。世界各国の中で、韓国は高等技術領域の博士に対し、最短1年で永住権の申請ができる制度を持つ。日本も世界最短の制度を創設し、各国から高度な専門知識を持つ人材を集めることとなるだろう。

ポイント制度も改革を進めるようだ。日本に高額の投資を行っていること、世界トップレベルの大学等の条件も加えられるだろう。更に、政府開発援助(ODA)を利用し人材育成事業を行う者も項目に追加されるようだ。



中国人「日本に行く夢を見た。目覚めたら泣いていた」 中国の反応

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日本に行く夢を見た。目覚めたら泣いていた

潜在意識の中でこんなに日本を好きだったとは・・・
みんなはどう?
起きてから大学生がどうすれば日本に行けるかについていろいろ調べたが、ほとんどが留学関係の内容だった。
留学は無理だ。
結論としては、卒業旅行で日本に行くしかない。
でもお金が・・・
夢を叶えるために、そろそろ俺も本気を出さないと。



中国人「なぜ日本は労働力不足なのに移民受け入れをしないのか?」 中国の反応

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なぜ日本は労働力不足なのに移民受け入れをしないのか?

日本の中高年はとてもかわいそうだ。
戦争時期、貧困時期を経験して今の日本はすごい先進国になったのに、労働力不足のせいで80歳になっても仕事を続けなければならないなんて・・・



中国人「日本人は新石器時代の中国大陸移民の子孫、対立する必要などない」 中国の反応

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日本人は新石器時代の中国大陸移民の子孫

だから中国人と似ているんだ。
これは考古学の研究成果。
更に言語学の研究によると、日本語の発音は閩南語と似てる部分がある。
だから中日両国は一衣帯水の親戚だ。
対立する必要などない。



中国人「日本での中国人留学生の就職活動がコチラ。思ったより難しい」 中国の反応

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【中国人留学の就職活動】ビックリ日本

こんにちはSENKAです。日本で就職活動をしようとすると思ったより難しいですよ。なぜなら、“日本の就職活動の流れ”や“日本の企業が求めている人材”というものが、私たちが描くイメージとは違うことがよくあるからです。日本で就職したいあなたへ!企業と就活生のホンネを聞きましょう!


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中国人「15歳で母親に連れられ日本に移民、母親は日本人男性と再婚。私の苦労話聞く?」 中国の反応

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15歳で母親に連れられ日本に移民、母親は日本人男性と再婚。私の苦労話聞く?

私の母親は日本が好きな人だった。日本のものは何でも良いものだと思っていた。
母親の友人が日本へ行って結婚し子供も産み、幸せな家庭を築いていると聞いて、母は羨ましがっていた。

母が私を妊娠したのは、予想外の事だった。父はケチで男尊女卑で怒りっぽい、ろくでもない人だった。
だから母は未婚のまま私を産んだ。父は子どもが娘だったことが気に入らないようだった。母と父は一緒に会社を経営していて、お金だけはあった。

私が15歳のとき、父が愛人をつくった。それで呆れた母は私を連れて日本へ移民した。
母は長年父の会社の経営に携わっていたので、お金はあったから、私は日本でもそこそこ良い生活ができた。

両親の愛情は冷めていて、両親は私よりも仕事が好きで、私よりも自分たちのことが好きだった。
両親は常に忙しく、私はベビーシッターに育てられた。母が私に「苦労して産んでやったのに・・・」と言うたびに、私は母を冷たい目で見ていた。

日本へ来てからは、母の仕事には波があった。日本は長年不景気で生活が苦しく、母は日本人の男を探し、再婚した。
継父は40歳すぎで、子どものいない人だった。継父の私を見る目は気持ち悪かったが、母親の幸せのために我慢した。

日本で私は学校に通いながらアルバイトをしていた。継父はよく肩を組んできたり体を触ってきたが、母は何も言わなかった。母の商売は失敗したので、この男に養ってもらう必要があるからだ。
母も私の苦しみを知っていたようだが、どうやって助ければいいのか、母にもわからなかったようだ。母のような強い女性は日本では浮いていたが、中国に帰る事は考えなかった。

継父から逃げたい一心で、私は大学の寮に住むことにした。そして夏休みのときにだけ会った。
継父は悪い人ではなかった。ただ私を見る目が気持ち悪かった。母も私に危害が及ぶ前にと、外に出て住むことを許してくれた。

日本での生活はストレスが多くて、疲れる。温かい家庭で育った女の子が羨ましいと思ったこともあった。私は大きくなったら中国に帰ろうと思っていた。
すべての親が子供を愛しているとは限らない。子どもを単なる道具だと思っている親も多いんだよ。










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